ケレ ― 水を抱えて生まれた街

ケレ ― 水を抱えて生まれた街
WOUDiO上の多言語AIオーディオガイド(PWA)のコンテンツです。WOUDiOは世界初の募金機能付きオーディオガイドを備えたプラットフォームであり、聴きながらそのまま文化施設への募金が可能です。以下は当該ストップの説明・詳細・ナレーション原稿です。
エンジンのうなり、行き先を呼ばわる車掌、コンクリートをこする無数の足音。巨大なバスターミナル「マジェスティック」は、昼も夜も静まりません。その喧騒の下に、ひとつの湖が眠っています。 名はダルマンブディ。十六世紀にはすでにあった池です。二十世紀のはじめに干上がり、一九六五年から湖底にバスターミナルが建てられました。呼び名は近くの映画館から取られ、湖の名は日々の言葉から消えました。 なぜ湖があったのか。この高原には大きな川がないからです。歴代の支配者たちは、浅い谷に土の堤を築いて雨を受け止めました。ひとつのケレが満ちると、坂の下の次の池へ。水の鎖が土地を貫いていました。この地方の池は、かつて何千もありました。 東のウルスール湖は、ケンペ・ゴウダの時代にさかのぼります。英国の弁務官ボウリングがいまの形に整え、水面に四つの小島が浮かびます。湖の一部を管理する陸軍工兵隊の博物館には、かつて湖畔にあった一七四一年鋳造の中国の鐘が収められています。 中国の鐘が、カンナダの首長の池を経て、インドの工兵隊の手に。水は、あらゆる旅人を呼び寄せてきました。 災いから生まれた池もあります。十九世紀後半の大飢饉のあと、工兵隊のサンキー大佐が水を確保するために築いたサンキー・タンク。地元では「ガンダダコーティ・ケレ」と呼ばれます。近くにあった白檀の倉庫にちなむ名。池の名に、香りが残っているのです。 水道が来て消えた池もあります。干拓されたサンパンギ湖の底には、一九四六年にスタジアムが開きました。 姿を変えて残る湖もあります。最大の湖ベッランドゥルには、街の下水のおよそ四割が流れ込みます。有毒な白い泡が湧き上がり、通りにまで漂い出してきました。 そして一度ならず、湖は燃えました。二〇一八年には三十時間以上も。水が、燃えた。 ケレの鎖は、多くの場所で断ち切られ、汚されています。それでも谷の勾配は昔のまま。雨季のたび、雨は坂を下ります。水の旅は、まだ終わっていない。かつて満たした池を探して、いまも流れ続けています。 場所:ウルスール湖(約50ヘクタール、小島4つ)。ほかにサンキー・タンク、ベッランドゥル湖、ケンペ・ゴウダ・バスターミナル(マジェスティック)とシュリー・カンティーラヴァ・スタジアムの旧湖底 建立:ケンペ・ゴウダの時代以降の貯水池網。サンキー・タンクは1882年 特徴:谷を堤でせき止め、池を連鎖させた水の仕組み。ダルマンブディ湖はバスターミナルに(1965年〜)、1937年に干拓されたサンパンギ湖はスタジアムに(1946年)。最大のベッランドゥル湖では有毒な泡が発生し、たびたび火災も起きた 地図:ベンガルール地図 公式サイト:Karnataka Tourism Photo: Harvinder Chandigarh / Wikimedia Commons (CC-BY-4.0)

https://woud.io/bengaluru/ja/5