カボン公園 ― 三つの名を持つ森

カボン公園 ― 三つの名を持つ森
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竹林を風が抜けると、乾いた、うつろな音がします。幹と幹が打ち合い、葉がざわめく。カボン公園の竹林では、その音が車の喧騒の下を、もうひとつの古い天気のように流れています。 公園が生まれたのは一八七〇年。手がけたのはイギリスの技師、マイソール藩王国の主任技師だったリチャード・サンキー少将です。はじめ百エーカーほどだった園は、いまおよそ三百エーカー。 最初の名は「ミード公園」。代理弁務官ジョン・ミードにちなんだものでした。けれど、その名は定着しませんでした。やがて公園は、別の男の名で呼ばれるようになります。四半世紀以上にわたってマイソールを治めた弁務官、マーク・カボン。最初の木が土に植えられたとき、カボンの長い任期はすでに終わっていました。公園は、その任を終えた男の名を背負って生まれたのです。 そして一九二七年、三つめの名。マハラジャ、クリシュナラージャ・ワディヤール四世の在位二十五周年を祝って、公園は正式に「シュリー・チャーマラジェーンドラ公園」となりました。書類上の名はこれです。 けれど、その名で呼ぶ人はほとんどいません。 園内の像は、来た人と去った人の記録を残しています。ヴィクトリア女王。エドワード七世。マーク・カボン。チャーマラジェーンドラ・ワディヤール。そして宰相シェーシャードリ・アイヤル。英国の女王とインドの宰相が、同じ芝生に並びます。 宰相には、像以上のものが贈られました。一九一五年、彼を記念して建てられた赤い建物。トスカナ式とコリント式の円柱が並び、その赤が緑に映えます。いまの州立中央図書館です。 蔵書はおよそ二十六万五千冊。街じゅうから学生や読書家が、公園を横切って通ってきます。治めに来た人々は、本を読みに人が集まる場所を残していきました。 園内にはおよそ六千株、百種近い植物が育ち、竹はいまも、風が立つたびに鳴っています。 技師たちには、もっと難しい問題が待っていました。大きな川のない街も、水を飲まなければならない。道は、その水を抱えてきた池と湖へと曲がっていきます。 場所:カボン公園(正式名シュリー・チャーマラジェーンドラ公園)、約300エーカー 建立:1870年、リチャード・サンキー少将のもとで造成 特徴:当初はミード公園。のちに弁務官マーク・カボン(在任1834–1861)の名に。1927年から正式名シュリー・チャーマラジェーンドラ公園。赤い州立中央図書館(シェーシャードリ・アイヤル記念館、1915年)は蔵書約26万5千冊 地図:ベンガルール地図 公式サイト:Karnataka Tourism Photo: SerChevalerie / Wikimedia Commons.jpg) (CC0)

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