MGロードでは、パンの焼ける匂いと濃いコーヒーの香りが古い戸口から漂い、排気ガスとメトロの走る音に混じり合います。通りは広く、まっすぐです。行進のために引かれた道だからです。
始まりはサウス・パレード、英国のカントンメントの練兵場に沿った通りでした。通り沿いに生まれた店々は、兵士とその家族、彼らを追って来た人々の暮らしを支えました。
1940年、ケーララから来たシリア派キリスト教徒のP・O・コーシーが、パレード・カフェという名のパン屋を開きます。1952年にはレストランが続き、そのテーブルにはやがてネルー、エリザベス二世、フルシチョフが着きます。店はいまも三代目の家族が営んでいます。
本は、それよりずっと早く届いていました。エイベル・ジョシュア・ヒギンボサムは密航者としてマドラスの港に放り出された、という話が伝わっています。1844年、彼はその地で書店を開き、1905年からはMGロードのギリシャ・ローマ風の建物に店を構えてきました。街最古の書店とも呼ばれます。ほど近くには、1883年に開かれたメイヨー・ホールがあります。在任中に暗殺された唯一の総督、メイヨー卿を記念する建物です。
1948年のはじめ、マハトマ・ガンディーが暗殺されます。 わずか数週間後の2月26日、サウス・パレードに新しい名が与えられます。 帝国の閲兵通りは、マハトマ・ガンディー・ロードになったのです。
名は変わっても、新しく来る人の流れは変わりませんでした。MGロードから延びるブリゲード・ロードや近くのチャーチ・ストリートにはパブが立ち並び、インドのパブの都という、出どころの定かでない呼び名まで生まれました。2011年にはナンマ・メトロの最初の区間がMGロード駅を終点に開業し、新しい到来者たちが電車から閲兵通りへ降り立つようになりました。
兵士のために引かれた道は、見知らぬ人を迎え入れることをやめませんでした。毎夕、明かりがともるころ、別の土地から来た人々がまた流れに加わり、道は彼らを夜の奥へと運んでいきます。
場所:マハトマ・ガンディー・ロードとブリゲード・ロード(旧カントンメント)
沿革:旧称サウス・パレード。1948年2月26日にマハトマ・ガンディー・ロードと改称
特徴:コーシーズは1940年にパレード・カフェとして創業/ヒギンボサムズ(1844年マドラス創業)は1905年からMGロードに店舗/メイヨー・ホールは1883年開館/MGロード駅は2011年、ナンマ・メトロ最初の区間の終点として開業
地図:
ベンガルール地図
公式サイト:
Karnataka Tourism
Photo: Kprateek88 /
Wikimedia Commons.JPG) (CC-BY-SA-3.0)