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{古市|ふるいち}の巨大な王墓をたどる旅は、二つの墳丘に行き着きます。 ひとつは[白鳥陵古墳](https://woud.io/kofun/ja/kofun_18)。前の山古墳、{軽里大塚古墳|かるさとおおつかこふん}とも呼ばれる、{羽曳野市|はびきのし}にある全長約200メートルの前方後円墳で、五世紀の後半に築かれました。後円部の高さは23メートルほどあります。宮内庁は日本武尊の{白鳥陵|しらとりのみささぎ}として管理しています。{羽曳野市|はびきのし}の名は、この古墳にまつわる白鳥の伝説に由来するとされています。 もうひとつは[峯ヶ塚古墳](https://woud.io/kofun/ja/kofun_18)。全長約96メートルの前方後{円墳|えんぷん}で、六世紀の初めごろ、古墳の時代も終わりに近づいたころの築造です。この時期になると、前方後{円墳|えんぷん}は次第に小ぶりになり、やがて築かれなくなっていきます。仏教が日本に伝わる、少し前の時代にあたります。墳丘の高さは10メートルほどです。{峯ヶ塚古墳|みねがづかこふん}の調査は近年も続いていて、墳丘の築き方などが、少しずつ明らかになっています。発掘で{竪穴式石室|たてあなしきせきしつ}が調べられ、{大刀|たち}や{鉄|てつ}の{鏃、小|やじり、ちい}さな鉄の板をつづり合わせた{挂甲|けいこう}という鎧の{小札|こざね}、馬具、装身具、玉類とともに、成人男性の骨と歯までもが見つかりました。日本の古墳では、土の性質のせいで、骨が残ることはまれだといわれます。 九十メートルほどの墳丘に、武具、馬具、飾り、そして一人の人。巨大さを競った{古市|ふるいち}の王墓の物語は、ここで、ひとりの人物の持ち物がどんな顔ぶれだったのかまで見える時代を迎えます。{津堂城山古墳|つどうしろやまこふん}から数えて、およそ一世紀半。{古市|ふるいち}の大型墳の歴史は、巨大な王墓から、より小ぶりで、中身の見える墓へと、姿を移していきました。 空へ消えた白鳥と、土のなかに残された骨。二つの墳丘は、同じ土地に並ぶ、対照的な死の残し方を見せています。 古墳名: 峯ヶ塚古墳(前方後円墳) 所在地: 大阪府羽曳野市軽里 規模: 全長 約96メートル 築造時期: 5世紀末から6世紀初めごろ 特徴: 竪穴式石室から大刀・馬具・玉類などが出土し、成人男性の骨と歯も見つかった 古墳名: 白鳥陵古墳(前方後円墳) 別称・治定: 前の山古墳、軽里大塚古墳。宮内庁により日本武尊の陵として治定 規模: 全長 約200メートル/5世紀後半 伝承: 『日本書紀』が伝える白鳥となった皇子の説話に由来 所在地: 古市古墳群(地図) 登録: 百舌鳥・古市古墳群(2019年 ユネスコ世界文化遺産) 公式サイト/Official Site: 百舌鳥・古市古墳群 Photo: Saigen Jiro / Wikimedia Commons (CC0)