日本武尊 ― 白鳥になった皇子

日本武尊 ― 白鳥になった皇子
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{白鳥陵|しらとりのみささぎ}に眠る人物が誰なのかは、確定していません。語られているのは、『{古事記|こじき}』『{日本書紀|にほんしょき}』が伝える、白鳥になった皇子の物語です。 皇子の名は、[日本武尊](https://woud.io/kofun/ja/kofun_23)。もとは、{小碓命|おうすのみこと}と呼ばれた少年でした。父である{大王|おおきみ}に命じられるまま、西の{熊襲|くまそ}、東の荒ぶる者たちを平らげてまわった、と伝えられます。{熊襲|くまそ}の首領は、討たれる間際に、皇子の武勇をたたえて、「{日本武|やまとたける}」の名を贈ったといいます。剣で草を薙ぎ払い、火の海から身を守った逸話も、この皇子のものです。{草薙|くさなぎ}の名は、このときの出来事に由来する、と伝えられます。相模の海では、后の{弟橘媛|おとたちばなひめ}が荒れる波に身を投げて海を鎮めた、とも語られます。けれど、勝ち続けた者が、安らかに都へ帰れたわけではありませんでした。 {能煩野|のぼの}の地で力尽きるとき、皇子が口にしたのは、戦の手柄ではなく、故郷の山並みでした。『{古事記|こじき}』は、そのときの歌を「倭は国のまほろば」と伝えます。大和は、国のなかでもいちばんよいところ。戦いの果てに恋しがったのは、生まれた土地の風景でした。歌は、「たたなづく青垣、山隠れる倭しうるはし」と続きます。幾重にも重なる青い垣根のような山々に、すっぽりと包まれた故郷が、美しい、と。 『{日本書紀|にほんしょき}』は続けて語ります。棺を開けてみると、亡骸はなく、衣だけが残っていた。皇子は白鳥となって、天へ飛び立ったのだと。白鳥は大和の{琴弾原|ことひきはら}にとどまり、さらに{河内|かわち}の{旧市邑|ふるいちのむら}に降り立ち、そこにも陵が築かれた。{古市|ふるいち}の白鳥陵古墳は、その伝承を負った墳丘です。 土に葬られるはずの英雄の魂を、人々は翼に託しました。重い墳丘の上を、いちばん軽いものが飛び立っていく。その矛盾こそ、この物語が長く語り継がれてきた理由なのかもしれません。 伝承上の人物: 日本武尊(ヤマトタケル/倭建命) 主な出典: 『古事記』『日本書紀』 関連古墳: 白鳥陵古墳(軽里大塚古墳)/大阪府羽曳野市 伝承の要点: 東西遠征の英雄、草薙剣、能煩野での薨去、白鳥となり飛翔 注記: 被葬者は確定しておらず、本章は文献上の伝承に基づく 所在地: 百舌鳥・古市古墳群 マップ 公式サイト/Official Site: 百舌鳥・古市古墳群 Photo: Saigen Jiro / Wikimedia Commons (CC0)

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