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{神仏習合|しんぶつしゅうごう}の時代、乗鞍岳は、山そのものが神だった。{乗鞍大権現|のりくらだいごんげん}。権現とは、仏や菩薩が仮の姿をとって、日本の神として現れたもの、という考え方である。明治の{神仏分離|しんぶつぶんり}より前、人は山全体を、神体として仰いでいた。 頂の社の始まりは、二つの伝承が語る。{養和元年|ようわがんねん}、一一八一年。{木曽義仲|きそよしなか}の家臣が、{飛騨国|ひだのくに}の様子を探るために登り、黄金の神像を安置して、戦の勝利を祈ったという。もう一つは、{大同二年|だいどうにねん}、八〇七年に、{坂上田村麻呂|さかのうえのたむらまろ}が登って祈願したという説。どちらも、確かな記録は確かめられていない。 江戸の世には、{円空|えんくう}が登ったと伝わる。{朝日権現|あさひごんげん}の社の直下の小さな岩窟で、{参籠|さんろう}したという。 明治の{神仏分離|しんぶつぶんり}で、山岳信仰のあり方は大きく変わった。山そのものが神体だった時代は終わり、神社の名で、山は祀られるようになる。 {大日岳|だいにちだけ}は、神々の鎮座する岩座とされ、乗鞍本宮の{奥|おく}の{院|いん}として、いまも立ち入りが禁じられている。 畳平には、{中|なか}ノ{宮|みや}という{遥拝所|ようはいじょ}がある。昭和二十八年、一九五三年に、登山者と観光客の安全を祈って建てられた。頂まで登らなくても、{四柱|よはしら}の神に手を合わせることができる。 山を祀る人の足は、頂へ、そして道の途中の小さな社へと、今も続いている。