ひとりの工人が、粘土をひも状にのばし、輪に巻き上げていく。指の腹で継ぎ目をならし、また一段、また一段。立ち上がった円筒は、焼かれたのち、墳丘の縁にずらりと並べられました。
[埴輪](https://woud.io/kofun/ja/kofun_4)です。もとは底のない円筒で、やがて家、盾、馬、人、鳥の形へと広がっていきます。家形の{埴輪|はにわ}には、屋根の形や建物の骨組みまで写したものがあり、人物{埴輪|はにわ}には、髪を結い、耳飾りをつけた姿もあります。何のために並べたのか、答えはひとつではありません。聖域を区切る垣根とも、葬られた人の世界を写したものとも考えられています。
斜面には、
{葺石|ふきいし}と呼ばれる石が敷きつめられました。川原や海辺の石を運び、隙間なく葺き並べたといわれます。完成した当時の墳丘は、緑の丘ではなく、日を弾いて白く光る石の山だったのです。
そして墳丘を取り巻く
濠。水をたたえた濠は、墳丘を聖域として浮かび上がらせるとともに、掘った土を盛り土に回せる、合理的な仕組みでもあったと考えられています。掘る、運ぶ、盛る、覆う、並べる。この一連を、何年もかけて同時に進められる組織が、そこにあったということです。{埴輪|はにわ}を焼くための窯も、古墳のそばで営まれていたと考えられています。
円筒{埴輪|はにわ}は、粘土ひもの積み方や表面に残る{刷毛目|はけめ}、焼き上がりの色合いから、作られた時期や工房の違いが読みとれるといいます。{埴輪|はにわ}の姿そのものが、古墳の年代を測る手がかりにもなっているのです。{葺石|ふきいし}も、飾りであるとともに、墳丘の崩れを防ぐ役目を果たしていたと考えられています。
近年の
仁徳天皇陵古墳の調査でも、円筒{埴輪|はにわ}がつながって並ぶ列が確かめられました。中が空洞の円筒は、祈りを置くための場所を、墳丘のふちに静かに区切り続けていたのかもしれません。
テーマ: 古墳の外装と土木技術(
埴輪・葺石・濠)
埴輪:
円筒埴輪・
形象埴輪(家・器財・人物・動物)
葺石: 墳丘斜面を覆う拳大の石、当時は白く輝く外観
濠: 聖域の演出と盛り土の供給を兼ねた土木構造
関連古墳群:
百舌鳥・古市古墳群(2019年ユネスコ世界文化遺産登録)
所在地:
大阪府堺市・羽曳野市・藤井寺市
公式サイト/Official Site:
百舌鳥・古市古墳群
Photo: Ibrakadabra16 /
Wikimedia Commons (CC0)