この湖の底には、かつて大漢溪が流れる深い谷がありました。 石門水庫(せきもんすいこ)は、一九六四年に完成したダムです。大漢溪が山から平地へ出るところで、両岸の岩が門のように迫っていた。それが「石門」の名の由来です。…
この湖の底には、かつて大漢溪が流れる深い谷がありました。
石門水庫(せきもんすいこ)は、一九六四年に完成したダムです。大漢溪が山から平地へ出るところで、両岸の岩が門のように迫っていた。それが「石門」の名の由来です。
ダムの上からは、片側に湖、もう片側に、はるか下を流れる川が見えます。その高さの差が、このダムがせき止めている水の重さです。
ダムの目的は、桃園の台地に水を送ること、洪水を防ぐこと、そして電気をつくることでした。桃園大圳が川の水を引いてから三十年あまり。今度は、川そのものをせき止めたのです。建設は、戦後の台湾にとって大きな事業で、アメリカの援助も受けて進められました。
湖ができたことで、谷の集落は水の底に沈み、住んでいた人々は移り住みました。
大雨のあとは、湖面が茶色く濁ります。山の土が流れ込んでくるからです。ダムは水をためると同時に、土もためていきます。
湖のほとりには、活魚料理の店が並びます。湖の魚を、揚げたり、煮たり、スープにしたりと、何通りにも味わうのがこの土地の楽しみ方です。
台地の池からはじまった水の物語は、ここで、山のふところまでさかのぼってきました。
Photo: lienyuan lee /
Wikimedia Commons (CC-BY-3.0)