忠貞市場 ― 滇緬から来た人々と米干

忠貞市場 ― 滇緬から来た人々と米干

この市場のまわりの町は、戦後、雲南とビルマの国境地帯から移ってきた兵士と家族が住みついた村でした。 国共内戦のあと、国民党軍の一部は、中国の雲南省から国境を越えてビルマ、いまのミャンマー北部へ逃れ、そこで戦いを続けました。一九五〇年代と一九六〇年代に、その一部が台湾へ移されました。桃園の平鎮に建てられた村が、忠貞新村で…

WOUDiO上の多言語AIオーディオガイド(PWA)のコンテンツです。WOUDiOは世界初の募金機能付きオーディオガイドを備えたプラットフォームであり、聴きながらそのまま文化施設への募金が可能です。以下は当該ストップの説明・詳細・ナレーション原稿です。
この市場のまわりの町は、戦後、雲南とビルマの国境地帯から移ってきた兵士と家族が住みついた村でした。 国共内戦のあと、国民党軍の一部は、中国の雲南省から国境を越えてビルマ、いまのミャンマー北部へ逃れ、そこで戦いを続けました。一九五〇年代と一九六〇年代に、その一部が台湾へ移されました。桃園の平鎮に建てられた村が、忠貞新村です。 市場を歩くと、台湾のほかの市場ではあまり見ない文字が目に入ります。米干(ミーガン)、豌豆粉(ワンドウフェン)。雲南やビルマ、タイ北部の国境地帯の料理です。 兵士たちとともに来た家族の中には、雲南の少数民族の人々も、国境の村で生まれた人々もいました。台所の味は、その国境地帯そのものでした。 この一帯では、米干をはじめとする国境の料理をテーマにした祭りも開かれています。 国境を越えてきた人々の朝ごはんは、いまも、この市場で湯気を立てています。 Photo: Outlookxp / Wikimedia Commons (CC-BY-SA-4.0)

https://woud.io/taoyuan/ja/15