この駅の裏手の通りは、かつては駅の表側に比べて静かな、古い商店街でした。 いま日曜日にこのあたりを歩くと、インドネシア語、ベトナム語、フィリピンの言葉、タイ語が飛び交っています。台湾の工場や介護の現場で働く、東南アジアから来た人々です。工場の多い桃園には、台湾の中でもとりわけ多くの移住労働者が暮らしています。…
この駅の裏手の通りは、かつては駅の表側に比べて静かな、古い商店街でした。
いま日曜日にこのあたりを歩くと、インドネシア語、ベトナム語、フィリピンの言葉、タイ語が飛び交っています。台湾の工場や介護の現場で働く、東南アジアから来た人々です。工場の多い桃園には、台湾の中でもとりわけ多くの移住労働者が暮らしています。
看板の文字が変わります。インドネシアの食料品店、故郷への送金を扱う店、携帯電話の店。平日は工場の寮で過ごす人々が、休みの日にここへ集まってきます。
故郷の味の弁当を買い、仲間と話し込む。電話で、海の向こうの家族と話す。この通りは、週に一度だけ開く、小さな故郷のような場所です。
台湾の人と結婚して移り住んだ人々もいます。彼らは「新住民」と呼ばれ、その子どもたちは台湾の学校で学んでいます。
客家、眷村、雲南の人々を迎えてきた桃園の歴史の、いちばん新しいページが、この通りです。
次の日曜日も、この通りは、いくつもの言葉でにぎわいます。
Photo: 寺人孟子 /
Wikimedia Commons (CC-BY-SA-4.0)