この丘の集落は、二百年あまり前、広東の山あいから海を渡ってきた客家の人々が開いた土地です。 桃園の南側、龍潭、楊梅、平鎮、新屋といった地域には、客家の人々が多く暮らしています。海沿いの平地を先に開いた閩南の人々に対して、客家の人々は、水の乏しい丘の側を開いていったともいわれます。…
この丘の集落は、二百年あまり前、広東の山あいから海を渡ってきた客家の人々が開いた土地です。
桃園の南側、龍潭、楊梅、平鎮、新屋といった地域には、客家の人々が多く暮らしています。海沿いの平地を先に開いた閩南の人々に対して、客家の人々は、水の乏しい丘の側を開いていったともいわれます。
集落を歩くと、道の角に小さな祠があります。伯公(バッコン)。客家の人々が土地の神として祀る神です。田の角、橋のたもと、大きな木の下。暮らしのあちこちに、伯公がいます。
客家の人々は、「硬頸(ンガンギアン)」という言葉で自分たちを語ることがあります。首が硬い、つまり、屈しない、粘り強いという意味です。水の少ない丘で池を掘り、茶を植え、稲を育ててきた暮らしが、その言葉を支えてきました。
客家語を話す人は、台湾の中で少しずつ減っています。いまは学校や放送で、言葉を残す取り組みが続いています。
伯公の祠には、今朝も誰かが供えた果物が置かれています。
Photo: Taiwankengo /
Wikimedia Commons (CC-BY-SA-4.0)