40年前、あの輝くビル群の場所に広がっていたのは、巨大な船を生み出す造船所でした。目の前に広がるみなとみらい地区。そのほとんどが、かつて三菱重工横浜造船所の敷地だったのです。明治から昭和にかけて、この一帯では何隻もの大型船が建造され、クレーンの鉄骨が空を切り、溶接の火花が夜空を照らしていました。横浜は「船をつくる街」だ…
40年前、あの輝くビル群の場所に広がっていたのは、巨大な船を生み出す造船所でした。目の前に広がるみなとみらい地区。そのほとんどが、かつて三菱重工横浜造船所の敷地だったのです。明治から昭和にかけて、この一帯では何隻もの大型船が建造され、クレーンの鉄骨が空を切り、溶接の火花が夜空を照らしていました。横浜は「船をつくる街」だったのです。ところが1970年代以降、造船業の衰退とともに広大な跡地が残されました。横浜市は、この空白をどう埋めるかという壮大な問いに向き合います。そして1989年、横浜博覧会の開催をきっかけに、都市再開発の歯車が動き始めました。博覧会の来場者数は実に1300万人を超え、横浜は「港町」から「未来都市」へとイメージを塗り替えていったのです。ひとつ、ぜひ知っていただきたいことがあります。あの横浜ランドマークタワーの足元に「ドックヤードガーデン」と呼ばれる広場があるのをご存じでしょうか。あの石造りの階段状の空間は、明治29年に完成した旧横浜造船所の第2号ドック、つまり実際に船を建造・修理していたドライドックそのものです。国の重要文化財にも指定されています。現在はイベント会場やレストランとして使われていますが、あの石壁には百年以上前の潮の記憶が刻まれています。今、展望フロアから見渡すと、ガラスと鋼鉄の高層ビルが整然と並んでいます。けれどその地面の下には、かつて巨大な船体を支えた船台の基礎が眠り、埋め立てられた海の土砂が積み重なっています。みなとみらいという名前には「未来」という言葉が入っていますが、その足元は過去の地層で満たされている。この街は、古い記憶の上に新しい夢を積み重ねることで生まれました。ここから見えるあの風景は、壊滅と再生を繰り返してきた横浜という都市の、最も鮮やかな証なのです。
旧造船所: 三菱重工業横浜造船所(前身は横浜船渠株式会社)
横浜博覧会: 1989年(平成元年)開催、来場者約1333万人
ドックヤードガーデン: 旧横浜船渠第2号ドック、1896年(明治29年)竣工
文化財指定: 国指定重要文化財(1997年指定)
ランドマークタワー竣工: 1993年(平成5年)
みなとみらい地区面積: 約186ヘクタール
所在地: 横浜市西区みなとみらい