あの橋をくぐれなかった船が、いるんです。横浜ベイブリッジ—ケーブルで支えられた白い橋が、海の上に弧を描いています。全長860メートル、横浜港の玄関口を美しくまたぐこの橋は、1989年に開通しました。ところが、この橋には設計時に予想しきれなかった、ある「壁」が存在しています。海面からの高さ、約55メートル。これが、世界の…
あの橋をくぐれなかった船が、いるんです。横浜ベイブリッジ—ケーブルで支えられた白い橋が、海の上に弧を描いています。全長860メートル、横浜港の玄関口を美しくまたぐこの橋は、1989年に開通しました。ところが、この橋には設計時に予想しきれなかった、ある「壁」が存在しています。海面からの高さ、約55メートル。これが、世界の海を旅する巨大クルーズ船にとって、どうしても越えられない制限になってしまったのです。象徴的だったのが、2014年3月、英国の豪華客船クイーン・エリザベス号の初来航でした。全長294メートル、海面からの高さは約56.6メートルに達するこの船は、公表スペック上、ベイブリッジの下を通過できません。それでも女王は横浜の表玄関を諦めなかった。深夜、海面が約2メートル下がる干潮の時刻を狙い、わずか1メートルほどの隙間でベイブリッジをくぐり抜け、大さん橋に着岸したのです。しかしこの綱渡りは長くは続きませんでした。その後、クイーン・エリザベス号は橋の手前にある大黒ふ頭—横浜の中心部から離れた工業的な埠頭に着岸するようになりました。世界最高峰の客船が、港の中心に辿り着けない。その光景は、少し不思議でもあり、少し切なくもあります。橋が架かる前、船はこの港に自由に出入りしていました。帆船の時代、蒸気船の時代、そして豪華客船の黄金時代。横浜港は、海から来るものをすべて受け入れる懐の深さを持っていた。けれど皮肉なことに、港を美しく飾るために架けられた橋が、最も華やかな客人の行く手を阻んでいる。美しさと制約、歓迎と遮断。あのベイブリッジの優美なシルエットには、港町・横浜が抱える二面性が静かに映し出されています。夕暮れ時、橋がオレンジ色に染まるころ、その姿はひときわ美しい。けれどその美しさの裏側にある物語を知った今、あの橋の見え方が少しだけ変わったのではないでしょうか。
正式名称: 横浜ベイブリッジ
開通: 1989年9月27日
全長: 約860m
海面からの高さ: 約55m
構造形式: 斜張橋(二層構造)