根岸森林公園は、なんと、近代競馬発祥の地です。マリンタワーの南に広がる、なだらかな緑の丘陵。あの穏やかな芝生の下には、かつて蹄の音が鳴り響いていました。1866年、まだ日本中のほとんどの人が馬に跨って速さを競うという文化を知らなかった時代に、横浜の居留外国人たちがこの丘に競馬場を開きました。根岸競馬場。日本における近代…
根岸森林公園は、なんと、近代競馬発祥の地です。マリンタワーの南に広がる、なだらかな緑の丘陵。あの穏やかな芝生の下には、かつて蹄の音が鳴り響いていました。1866年、まだ日本中のほとんどの人が馬に跨って速さを競うという文化を知らなかった時代に、横浜の居留外国人たちがこの丘に競馬場を開きました。根岸競馬場。日本における近代競馬の、まさに出発点です。開港からわずか七年。西洋の人々は商売道具だけでなく、自分たちの娯楽もこの港町に持ち込みました。競馬はその象徴的な存在でした。やがて日本人の間にも競馬文化は広がり、根岸競馬場は社交と興奮の舞台として、横浜の街に欠かせない存在へと成長していきます。中でも特筆すべきは、1930年に建設された一等観覧スタンドです。アメリカ人建築家J・H・モーガンが設計したその建物は、当時の最先端のモダニズムを体現する堂々たるスタンドでした。しかし第二次世界大戦が、この華やかな舞台を閉じさせます。競馬場は軍に取り上げられ、戦後はアメリカ軍の管理下に置かれました。長い時間を経て土地が返還された後、人々が選んだのは競馬場の復活ではなく、市民に開かれた森と広場への転生でした。いま、あの緑の丘では、子どもたちが駆け回り、家族がピクニックを楽しんでいます。そしてその片隅に、あの一等観覧スタンドの名残が、まるで時代の記憶を守る番人のように静かに佇んでいるのです。廃墟となったコンクリートの壁面に蔦が絡まり、窓のない開口部から風が通り抜ける。それは朽ちていく建物ではなく、この街が歩んできた変容の証です。競馬場から市民の森へ。娯楽の場から憩いの場へ。用途は変わっても、人々がこの丘に集うという本質は、百五十年以上変わっていません。
開場: 1866年(慶応2年)
所在地: 横浜市中区根岸台
一等馬見所設計: J・H・モーガン(1930年竣工)
閉鎖: 1942年(戦時接収)
公園開園: 1977年(米軍返還後に整備)
特記: 日本近代競馬発祥の地、一等馬見所遺構が現存