いま足元にある、この古い壁。台湾でいちばん最初に、国家を名乗る権力が積んだ壁です。 白い展望台のほうではありません。その手前の、低くて黒ずんだほうを探してください。表面がざらつき、目地が黒く沈んでいる。手を置いてみてください。日の当たっている面と、影になっている面で、温度がはっきり違います。…
いま足元にある、この古い壁。台湾でいちばん最初に、国家を名乗る権力が積んだ壁です。
白い展望台のほうではありません。その手前の、低くて黒ずんだほうを探してください。表面がざらつき、目地が黒く沈んでいる。手を置いてみてください。日の当たっている面と、影になっている面で、温度がはっきり違います。
一六二四年、オランダ東インド会社がこの砂州に上陸しました。中国との貿易の中継地を探していて、澎湖から追われ、ここに移ってきた。城の名は、本国の州の名をとって、ゼーランディア。漢字では熱蘭遮城と書きます。
壁は、砂と貝殻を焼いた石灰に、もち米を煮た汁を混ぜて固めたと伝えられています。はるばる運んできた技術で建てながら、固めたのは、この浜で拾えるものでした。
城の下には街ができました。オランダ人、シラヤの人々、福建から来た漢人、そして日本の商人が、同じ通りにいた。課税に反発した日本人商人が長官を人質に取る事件も起きています。一六二八年、浜田弥兵衛の事件です。
三十八年後、この壁の内側から、白旗が出ることになります。
いま手を置いているこの面は、そのとき、外を向いていた面です。