東から南東の方角、海の向こうに、陸地が長く延びています。三浦半島です。 相模湾は、二本の腕に抱かれた湾です。西の腕が伊豆半島、東の腕が三浦半島。その二本のあいだに、湾が大きく開いています。 三浦半島の向こう側には、東京湾があります。三浦半島は、二つの湾を分ける壁でもあるのです。江戸へ向かう船は、この半島の先をまわって東…
東から南東の方角、海の向こうに、陸地が長く延びています。三浦半島です。
相模湾は、二本の腕に抱かれた湾です。西の腕が伊豆半島、東の腕が三浦半島。その二本のあいだに、湾が大きく開いています。
三浦半島の向こう側には、東京湾があります。三浦半島は、二つの湾を分ける壁でもあるのです。江戸へ向かう船は、この半島の先をまわって東京湾に入りました。半島の先端の三崎の港は、風や潮を待つ船でにぎわいました。
この半島は、鎌倉の武士たちの土地でもありました。三浦氏と呼ばれる武士の一族は半島一帯を治め、源頼朝の挙兵を支えました。鎌倉の都は、この半島の付け根につくられています。
半島の丘はそれほど高くありませんが、谷が細かく入り組み、海岸には小さな入り江が続いています。その地形が、昔から港や漁村を育ててきました。
逆に、三浦半島の海岸から西を望むと、富士山の手前に、小さな江の島がぽつんと浮かんで見えます。
湾を抱く腕の片方は、この島の東から、鎌倉を経て、三崎の岬まで続いています。