相模湾の向こう、七十キロほど西に、富士山があります。晴れた日、その姿は箱根の山並みのさらに上に、ひとつだけ抜きん出た形で浮かびます。 富士山がよく見えるのは、空気が乾いて澄んだ冬の朝です。夏は水蒸気で霞み、見えない日が多くなります。夕方には、沈む太陽を背に、山が黒い影絵のように浮かび上がることもあります。…
相模湾の向こう、七十キロほど西に、富士山があります。晴れた日、その姿は箱根の山並みのさらに上に、ひとつだけ抜きん出た形で浮かびます。
富士山がよく見えるのは、空気が乾いて澄んだ冬の朝です。夏は水蒸気で霞み、見えない日が多くなります。夕方には、沈む太陽を背に、山が黒い影絵のように浮かび上がることもあります。
江戸時代、江の島と富士山は、一つの画面に描かれる組み合わせでした。葛飾北斎も歌川広重も、海に浮かぶ江の島と、その向こうの富士山を描いています。江戸の人々は、その絵を手に取り、この景色を目指して旅に出ました。
そして富士山そのものも、目指される山でした。富士講と呼ばれる仲間たちは、白い装束で富士に登りました。その道中や帰り道に、江の島へ立ち寄る人もいたといわれます。
海の神の島から、山の神の頂を望む。山から下りてきた人は、今度は海の島から、自分が登った頂を、海の向こうに眺めたのです。
北斎の絵の中の小さな島の上から、いまも同じ山が見えています。富士へ向かう道は、この海岸線に沿って、西へ延びています。