北西の方角、平野の向こうに、なだらかな山並みが連なっています。丹沢の山々です。その東の端に、ひときわ整った三角形の山があります。大山(おおやま)です。 標高は千二百五十メートルあまり。雲がかかりやすく、雨を降らせる山として信仰され、雨降山(あふりやま)とも呼ばれてきました。…
北西の方角、平野の向こうに、なだらかな山並みが連なっています。丹沢の山々です。その東の端に、ひときわ整った三角形の山があります。大山(おおやま)です。
標高は千二百五十メートルあまり。雲がかかりやすく、雨を降らせる山として信仰され、雨降山(あふりやま)とも呼ばれてきました。
江戸時代、大山には江戸の町から多くの人が参詣に出かけました。奉納する木太刀を担いで東海道を下り、伊勢原から山へ登る。大山詣りです。そして山を下りた人々の多くが、その足で南へ向かい、江の島を目指しました。
山の神と、海の神。両方にお参りして、はじめて参詣が完成する。そう考えられていたのです。片方だけでは「片参り」になってしまう、ともいわれました。
雨を降らせる山と、水の女神の島。山に降った雨は川になり、やがて相模湾へ注ぎます。二つのお参りは、ひとつの水の流れの、上と下を拝むものでもありました。
大山の麓から江の島までは、歩いて一日ほどの道のりです。山で身を清めた人々は、その道を下り、この島の砂の道を渡りました。
この参詣には、もう半分があります。江の島から大山へ。江戸の人々がたどった道は、いまもそのまま、丹沢の山へ続いています。