朝の光が低く差し込む時間、三つの塔の影が長く、まっすぐに地へ伸びていく。釣鐘を伏せたような白い曲線が空へとせり上がる姿は、何百年経っても、見る者の背筋に力を入れさせる。ここは、かつて王だけが立つことを許された場所だった。…
朝の光が低く差し込む時間、三つの塔の影が長く、まっすぐに地へ伸びていく。釣鐘を伏せたような白い曲線が空へとせり上がる姿は、何百年経っても、見る者の背筋に力を入れさせる。ここは、かつて王だけが立つことを許された場所だった。
この三基の仏塔が並ぶ一帯が、
[ワット・プラ・シーサンペット](https://woud.io/ayutthaya/ja/ayutthaya_5)。
1448年に即位した王の時代、この地はもともと王宮の中心でした。やがて宮殿は別の場所へ移され、この区画は王家の聖域へと生まれ変わる。
スリランカ様式の流れを汲む釣鐘形——
チェディと呼ばれるその形——の内には、それぞれ歴代の王の遺骨が納められたと伝えられています。父と、二人の王の眠り。三つの塔は、墓であり、祈りであり、王朝そのものの背骨でした。
かつてこの聖域には、黄金で全身を覆われた巨大な立仏が安置されていた。高さは人の背丈の十倍にも及び、その金の重さは何百キロにもなったといいます。遠くから訪れた商人たちは、港の噂でその輝きを耳にし、巡礼者たちは塔の前に膝をつき、額を地につけて祈りを捧げた。王国が最も輝いていた頃、ここは都の心臓だったのです。
そして
[1767年](https://woud.io/ayutthaya/ja/ayutthaya_12)、その黄金は炎の中で溶け落ちた。仏は崩れ、屋根は焼け、煉瓦の芯をむき出しにした三つの塔だけが残された。けれど塔は、倒れなかった。装飾を剥ぎ取られ、金を奪われ、都そのものが灰になっても——その輪郭は今も、天へと突き立っている。
失われたものの重さを知るほど、いま立ち続けているこの三つの形が、静かに、深く迫ってくる。
名称:
ワット・プラ・シーサンペット (Wat Phra Si Sanphet)
所在地: アユタヤ歴史公園内、旧王宮南側
建立背景: 15世紀、旧王宮中心地から王家の聖域へ転用
三基の仏塔:
スリランカ様式のチェディ(釣鐘形)、歴代王の遺骨を納めると伝わる
焼失:
1767年、ビルマ軍によるアユタヤ陥落時に
黄金の大仏が焼失
地図:
アユタヤ歴史公園
公式サイト/Official Site:
Tourism Authority of Thailand
Photo: BondSupanat /
Pixabay (pixabay)