一九五七年のこと。盗掘者たちが、ひとつの仏塔の闇へと潜り込みました。狙いは、煉瓦の奥深くに眠ると噂された黄金です。彼らは確かにそれを掘り当て、奪い、そして散り散りに逃げた——けれど数人が捕らえられ、その手から、想像を超える宝が零れ落ちました。この盗掘こそが、皮肉にも、ワット・ラチャブラナの地下に隠された秘密を、五百年の…
一九五七年のこと。盗掘者たちが、ひとつの仏塔の闇へと潜り込みました。狙いは、煉瓦の奥深くに眠ると噂された黄金です。彼らは確かにそれを掘り当て、奪い、そして散り散りに逃げた——けれど数人が捕らえられ、その手から、想像を超える宝が零れ落ちました。この盗掘こそが、皮肉にも、
[ワット・ラチャブラナ](https://woud.io/ayutthaya/ja/ayutthaya_17)の地下に隠された秘密を、五百年の沈黙から呼び覚ましたのです。
この寺院が築かれたのは、
一四二四年頃。王位をめぐって命を落とした二人の兄弟王子——その死を悼み、跡を継いだ弟が、兄たちの遺骨を納めるために建てたと伝えられています。クメール様式の中央プラーンは、トウモロコシの穂のように天へと伸び、煉瓦と漆喰で覆われた肌には、神々や霊鳥の姿が刻まれていました。
しかし真に息を呑むのは、その足元の暗がりです。盗掘のあとに調査の手が入り、納骨室へ続く狭い縦穴が確かめられました。壁には、五百年前の絵師が描いた
壁画が、灯りひとつない闇のなかで色を保っていました。仏陀の前世を語る物語、座する高僧たち、そして中国風の人物まで——海を越えた交わりの記憶が、顔料のなかに封じられていたのです。
そして、おびただしい黄金。金箔の仏像、宝石をちりばめた装身具、金の薄板に細工された王の象徴。それらは弔いの品であると同時に、十五世紀のアユタヤがどれほどの富を握っていたかを、声なき声で物語っていました。
壁画を描いたあの絵師は、自分の筆が地下に封じられ、誰の目にも触れぬまま五世紀を越えると知っていたのでしょうか。彼が暗闇のなかで線を引いたその指の動きは、今この物語をたどるあなたの心の動きと、静かに重なっています。闇は、奪われて初めて、光を返したのです。
遺跡名:
ワット・ラチャブラナ (Wat Ratchaburana)
建立: 1424年頃、ボーロマラーチャーティラート2世による
建立の由来: 王位継承の争いで没した二人の兄王子の追悼
建築様式:
クメール様式の中央プラーン (尖塔)
地下の発見: 1957年の盗掘を契機に納骨室・壁画・黄金の副葬品が確認される
壁画の主題: 仏陀の前世譚、高僧像、中国風人物など
所在地:
古都アユタヤ歴史公園
公式サイト/Official Site:
Ayutthaya Historical Park (Fine Arts Department)
Photo: Radosław Botev /
Wikimedia Commons_-_hall_and_prang_(1).jpg) (CC-BY-3.0-PL)