赤茶けた煉瓦の色と、足元に広がる草の緑が、鋭くぶつかり合っています。土を高温で固めた、ざらりと素朴な壁。けれど、その素朴さに惑わされてはいけない。かつてここには、東南アジアでも指折りの壮麗な王宮がそびえていたのです。…
赤茶けた煉瓦の色と、足元に広がる草の緑が、鋭くぶつかり合っています。土を高温で固めた、ざらりと素朴な壁。けれど、その素朴さに惑わされてはいけない。かつてここには、東南アジアでも指折りの壮麗な王宮がそびえていたのです。
アユタヤ王朝の心臓部、王が住まう場所。
[ワット・プラ・シーサンペット](https://woud.io/ayutthaya/ja/ayutthaya_5)に隣接するこの一帯こそ、
1350年に始まる王朝の権力の中枢でした。しかし今、礎石と低い壁の輪郭をのぞいて、上に立っていたはずの建物の姿はほとんど残されていません。なぜか。
[1767年](https://woud.io/ayutthaya/ja/ayutthaya_12)、ビルマ軍がこの都を陥落させたとき、火が放たれました。木造の宮殿、金箔に覆われた屋根、漆塗りの柱――燃えるものはすべて、灰になった。残ったのは、火に耐えた煉瓦だけです。だから私たちが今たどれるのは、城の影、設計図のような輪郭だけなのです。
それでも、この断片の中に、かつての世界が透けて見えます。運河から水を引き込んだ堀。都市全体を抱いた城壁。その内側では、外国の使節を迎える大広間に金の光が満ち、宝石をまとった象が王の行列を先導していた。ペルシャ、中国、フランス、日本――世界中の言葉が、この壁の向こうで交わされていたのです。
商人も巡礼者も、ここから先は望むだけでした。王しか足を踏み入れられなかった領域が、今は空を向いて横たわっている。
失われたものの大きさは、残されたものの小ささが教えてくれる――そう感じるとき、この低い壁が、どこか高く見えてくる。記憶が、消えた天井を補っているのかもしれない。 城は焼け落ちても、その輪郭は、まだ語ることをやめていません。
場所:
王宮跡 (Ancient Royal Palace)/
ワット・プラ・シーサンペット周辺, アユタヤ歴史公園
Location:
アユタヤ歴史公園 マップ
建国: 1350年 (アユタヤ王朝)
陥落:
1767年 (ビルマ軍の侵攻による焼失)
構造: 焼成煉瓦の城壁・堀・運河に囲まれた
水の都
特徴: 木造建築は焼失し、礎石と煉瓦の輪郭のみ現存
公式サイト/Official Site:
Tourism Authority of Thailand
Photo: Rowan Heuvel /
Unsplash (unsplash)