長谷の坂ノ下、家の並ぶ細い道の奥に、小さな神社があります。御霊神社。鎌倉権五郎景正(かまくらごんごろうかげまさ)という武士を祀る社です。 景正は平安時代の後期の武士で、十六歳で東北の戦いに加わり、右目に矢を受けながらも戦い続け、敵を討ち取ったと伝えられています。東北の戦場からこの土地へと、武勇の話は語り継がれ、地元では…
長谷の坂ノ下、家の並ぶ細い道の奥に、小さな神社があります。御霊神社。鎌倉権五郎景正(かまくらごんごろうかげまさ)という武士を祀る社です。
景正は平安時代の後期の武士で、十六歳で東北の戦いに加わり、右目に矢を受けながらも戦い続け、敵を討ち取ったと伝えられています。東北の戦場からこの土地へと、武勇の話は語り継がれ、地元では「権五郎さま」と呼ばれて親しまれてきました。
この神社の鳥居のすぐ前を、江ノ電が走っています。鳥居と線路のあいだは、ほんの数歩。鳥居をくぐる参拝者のすぐ横を、電車がゆっくりと通り過ぎていきます。線路が敷かれたのは明治の終わり。古くからある社の前に、百年あまり前から電車が通るようになったのです。
毎年秋の例祭では、面掛行列(めんかけぎょうれつ)が行われます。天狗や鬼、おかめなど、独特の面をつけた人々が、神輿とともに町を練り歩きます。鎌倉の古い祭りの姿を、いまに伝える行列です。
境内には大きな木がそびえ、夏には深い木陰をつくります。電車が通り過ぎたあとの境内には、蝉の声と、坂ノ下の海から吹いてくる風だけが残ります。
踏切の先の道は、坂ノ下の家並みを抜けて、由比ヶ浜の海へと下っていきます。