鎌倉の山の崖には、四角く掘り抜かれた穴が、いくつも並んでいます。やぐらです。鎌倉時代から室町時代にかけてつくられた、岩を彫った墓や供養の場です。 なぜ、崖に墓を掘ったのでしょう。三方を山に囲まれた鎌倉では、平らな土地が限られていました。武士や僧、町に流れ込んでくる人々で、谷はすぐにいっぱいになります。死者を葉る場所を、…
鎌倉の山の崖には、四角く掘り抜かれた穴が、いくつも並んでいます。やぐらです。鎌倉時代から室町時代にかけてつくられた、岩を彫った墓や供養の場です。
なぜ、崖に墓を掘ったのでしょう。三方を山に囲まれた鎌倉では、平らな土地が限られていました。武士や僧、町に流れ込んでくる人々で、谷はすぐにいっぱいになります。死者を葉る場所を、人々は山の崖の中に求めたのです。
鎌倉の山の岩は、砂や泥が固まってできた、比較的やわらかい岩です。ノミで削れるからこそ、この土地には切通しもやぐらも生まれました。道を開く技と、墓を彫る技は、同じ岩と同じ道具から広がっていったのです。
名越の山中に残るまんだら堂やぐら群では、百基以上のやぐらが崖に幾段にも重なっています。穴の奥には、五輪塔や小さな石仏が並び、壁に彫り込まれたものもあります。名前の分からない多くの人が、ここに祈りを残していきました。
崖の表面を伝って落ちる水が、穴の入口をいつも湿らしています。八百年のあいだに、彫られた角は丸くなり、苔とシダが、岩を少しずつ山に戻しています。
都に暮らした人々の最後の居場所は、谷戸の奥から、山の尾根を伝って、いまも山の中へ続いています。