裸足の巡礼者が、足の裏で石の凹凸を読んでいく。何百年もの足が踏みならしてきた、その同じ石を。 ボロブドゥールの回廊は、いちどとしてまっすぐには進ませてくれません。一巡りして出発点の方角に戻り、また一段のぼり、ふたたび歩き出す。同じ壁を、しかし一段高い場所から、もう一度たどることになる。螺旋というより、昇っていく繰り返し…
裸足の巡礼者が、足の裏で石の凹凸を読んでいく。何百年もの足が踏みならしてきた、その同じ石を。
ボロブドゥールの回廊は、いちどとしてまっすぐには進ませてくれません。一巡りして出発点の方角に戻り、また一段のぼり、ふたたび歩き出す。同じ壁を、しかし一段高い場所から、もう一度たどることになる。螺旋というより、昇っていく繰り返し——時間をかけてゆっくりと、自分の内側を剥いていくような道のりです。
この遠回りには、意図があります。
シャイレーンドラ朝の人々が八世紀から九世紀にかけて築いたこの建造物は、平面に描かれた
曼荼羅を、歩いて通り抜けられる立体へと組み替えたものでした。下層には欲望に満ちた世界——
欲界の物語が刻まれています。一段のぼるごとに、壁の浮き彫りは苦しみから戒めへ、そして悟りへ向かう仏陀の生涯と教えへと、静かに移ろっていきます。
壁は、ただ眺めるためのものではありませんでした。
レリーフは、右肩を建物の中心に向けながら時計回りに歩く者のために、物語の順に並べられています。一枚の浮き彫りの前で足を止め、次の一枚へ進む。読むのではなく、歩くことによって物語を受け取る。この回廊は、石でできた一冊の経典でした。
急がないこと——それ自体が、この場所の教えの一部だったのかもしれません。何巡もするうちに、足は重くなり、息が整い、心の波が静かに落ち着いていく。距離ではなく、歩くという行いそのものが、何かを変えていきます。
石段の角は、数えきれない足に踏まれて、わずかに丸みを帯びています。その丸みの一つひとつが、誰かの一巡りでした。石は、いまも変わらぬ高さで、次の一歩を待っています。
場所: ボロブドゥール寺院 回廊(ジャワ島中部, インドネシア)
建立: 8〜9世紀, シャイレーンドラ朝
構造: 立体曼荼羅/三界(欲界・色界・無色界)
回廊レリーフ: 仏陀の生涯と教えを時計回りに配列
巡礼の作法: プラダクシナ(右回りの右繞)
所在地:
地図
公式サイト/Official Site:
Borobudur Park
Photo: Rowan Heuvel /
Unsplash (unsplash)