ある夜、白い象が夢の中へ降りてきました。その象を胎に宿したと感じたマーヤー妃の眠りから、ひとつの物語が静かに動きはじめます。 ボロブドゥールの第一回廊。その石壁に刻まれた浮き彫りは、巡礼者がたどるべき長い長い絵物語でした。一枚、また一枚。歩みを進めるたびに、場面は次へと移ろっていきます。…
ある夜、白い象が夢の中へ降りてきました。その象を胎に宿したと感じた
マーヤー妃の眠りから、ひとつの物語が静かに動きはじめます。
ボロブドゥールの第一回廊。その石壁に刻まれた浮き彫りは、巡礼者がたどるべき長い長い絵物語でした。一枚、また一枚。歩みを進めるたびに、場面は次へと移ろっていきます。
王子の名は
シッダールタ。やがて
仏陀となる人の、まだ何も知らない若い日々が、ここに彫られています。生まれてすぐに七歩を歩んだという嬰児。占い師たちが額を寄せ合い、その未来を案じる宮廷。父である王は、息子を悲しみから遠ざけようと、宮殿の壁の内側に、ただ美しいものだけを満たしました。音楽、花、若く着飾った人々。苦しみという言葉を、誰も口にしてはならない国です。
けれど石工たちは知っていました。守られた庭の幸福が、どれほど薄いものであるかを。レリーフの中の王子は、微笑みながらも、どこか遠くへ視線を向けています。その横顔には、門の外にまだ見ぬ世界があることが、言葉よりも静かに刻まれています。
八世紀の終わり、彫り師たちは王子の物語を、単なる伝記としては彫りませんでした。ひとつひとつの場面に祈りを込め、ここを歩む者が、王子と同じ心の旅をたどれるように配置したのです。字の読めない農夫も、海を越えてきた僧も、この回廊では同じ壁に沿って、同じ物語を心に刻みながら歩いていました。石は変わらず、人だけが入れ替わって。
物語はまだ、宮殿の門の手前で止まっています。王子は、これからその門をくぐる。千年あまりの時を経て、石の中の若い横顔は、今もその最初の一歩の前にいます。
場所/Location: 第一回廊主壁レリーフ(仏陀の生涯「ラリタヴィスタラ」),
ボロブドゥール寺院
建造年代/Period: 8世紀後半〜9世紀初頭, シャイレーンドラ朝
主題/Theme: シッダールタ王子の誕生と宮廷時代
レリーフ様式/Style: 連続する物語浮き彫り(巡礼路に沿って展開)
世界遺産登録/UNESCO: 1991年
公式サイト/Official Site:
Borobudur - UNESCO World Heritage Centre
Photo: Kanenori /
Pixabay (pixabay)