石段を一段ずつ下りていく巡礼者の足音は、登ってきたときと同じはずなのに、どこか違って響いたことでしょう。回廊を巡り、仏陀の生涯を辿り、頂の鐘のような塔のそばで空と溶け合ったあとでは、同じ石も、同じ風も、もう別のものだったはずです。…
石段を一段ずつ下りていく巡礼者の足音は、登ってきたときと同じはずなのに、どこか違って響いたことでしょう。
回廊を巡り、仏陀の生涯を辿り、頂の鐘のような塔のそばで空と溶け合ったあとでは、同じ石も、同じ風も、もう別のものだったはずです。
かつてこの
ボロブドゥールを築いた
シャイレーンドラ朝の人々にとって、ここは単なる建造物ではありませんでした。地を這う欲望の世界から、形あるものの世界へ、そして形を超えた静けさの世界へ——曼荼羅をそのまま石に翻訳した、歩いて昇る祈りの装置だったのです。そして昇りきった者は、もう一度、降りてこなければなりません。
なぜでしょう。悟りに近づいた者が、頂にとどまらず、また下界へ戻る。仏教ではそれを、悲しみを抱えた人々のもとへ還る歩みと考えました。頂で得たものは、自分だけのものにするためではなく、麓へ持ち帰るためのものなのです。
この下り道には、無数の足跡が重なっています。火山灰の下で千年眠っていたこの遺跡を、密林から掘り起こした人々。
19世紀にその姿を再び世に見出した者たち。崩れかけた石を一つひとつ番号をつけて積み直した、
20世紀の修復に生涯を捧げた人々。そして、はるか昔、裸足でこの石を踏みしめ、レリーフの物語を目で追いながら祈った、名もなき巡礼者たち。彼らもまた、昇り、そして降りていきました。
門の外には、ジャワの空が広がっています。遠くに火山が静かに連なり、田の緑が朝の光を受けて揺れている。巡礼者が降りてきた頂は、もう空の一部のように遠く見えたはずです。
本当に昇った場所は、石の塔ではなかったのかもしれません。物語を辿るあいだに、人の内側で静かに開いていった何か——それが、この山の本当の頂だったのでしょう。
山を降りても、頂で受けた光は、まだ誰かの中を歩き続けています。
場所/Location:
ボロブドゥール寺院 出口・参道
建立/Built: 8〜9世紀、シャイレーンドラ朝
構造/Structure: 三界(欲界・色界・無色界)を立体化した曼荼羅
再発見・修復/Rediscovery & Restoration: 19世紀の再発見、20世紀の大規模修復
登録/Status: ユネスコ世界遺産
公式サイト/Official Site:
Borobudur - UNESCO World Heritage Centre
Photo: Rowan Heuvel /
Unsplash (unsplash)