鎌倉の町には、八百年近く続く手仕事があります。鎌倉彫。木に文様を彫り、その上に漆を塗り重ねる工芸です。 始まりは鎌倉時代。中国の宋から、漆を厚く塗り重ねて彫る器が、禅宗とともに伝わりました。鎌倉の仏師たちは、それを木彫りで表そうと考え、寺で使う仏具や香合をつくりはじめたといわれています。海を渡ってきた器の形が、鎌倉の職…
鎌倉の町には、八百年近く続く手仕事があります。鎌倉彫。木に文様を彫り、その上に漆を塗り重ねる工芸です。
始まりは鎌倉時代。中国の宋から、漆を厚く塗り重ねて彫る器が、禅宗とともに伝わりました。鎌倉の仏師たちは、それを木彫りで表そうと考え、寺で使う仏具や香合をつくりはじめたといわれています。海を渡ってきた器の形が、鎌倉の職人の手で、この土地の技になったのです。
明治のはじめ、神と仏を分ける動きのなかで、寺からの注文は大きく減りました。仕事を失いかけた仏師の家は、盆や茶托、手鏡など、暮らしの道具に彫りを施すようになります。寺のための技が、家庭の食卓へ移っていったのです。使い込むほど漆の色が深まり、彫りの角がやわらかく光るようになる。それが鎌倉彫の器です。
鎌倉駅の近くには、鎌倉の農家が自分の畑でとれた野菜を並べる市場があります。昭和のはじめから続き、地元では「レンバイ」と呼ばれています。山と海にはさまれたわずかな畑でも、潮風を受けた土地の野菜が育ちます。店先には、形のそろわない人参、泥のついた大根、季節の葉物が並びます。一口目は生のまま、次はさっと茹でて、最後は塩だけで。その順番で、野菜そのものの甘さが少しずつはっきりしていきます。
仏師の技と、農家の畑。この町の手仕事は、山と海のあいだの小さな土地で、いまも続いています。
市場を出た道は、若宮大路へ戻り、海へ、そして八幡宮へと延びています。